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4    あいりん再生への道 〜ステップ2〜 



さて、ステップ1であいりん特有の犯罪が排除された。これで「あいりん問題の大半は片付いた。あとは市、府、国が ホームレスも一人の日本国民である事を再認識し、彼らが人として最低限の生活を送るために既存のさまざまな救済制度を迅速に適用すれば・・・・」 とは残念ながらならない。 既存の制度でホームレス全員を救済するには、数が多すぎるのである。いや、正確には絶対数が多過ぎるのではなく、一極に集中しているから一地域では対応しきれないのだ。 簡単な例を挙げよう。今、日本国内に5万人の定職を持たないホームレスがいるとする。その大半が一ヶ所に集中したとしたらどうだろう。 既存の施設をフルに活用、転用可能な施設(簡易宿泊所、公立学校の体育館など)をもってしても万単位の集団は一地域で賄うには 無理がある。しかし生命に関わる問題だけに全員を救済しなければならない。そのためにはさらに新たな大型施設を・・・・・しかしその財源は・・・・・といったところが現状のあいりんなのである。


ではこの5万人が日本全国に分散したとしたらどうだろうか?人口格差やインフラ整備率の違いから均等割りには無理があるだろうが、それでも各都道府県あたりの担当は 2千人以下、政令指定都市を有する地区の負担率を上げても大阪府の負担は1万もいかないだろう。仮に1万と仮定、府下最大の大阪市が7割を受け持つとして 市内24区で割れば1区あたり平均300人といったところ。各区内には公民館、体育館などの公共施設が必ずあるはず。 それらを一時的に転用・夜間開放などの融通を利かせれば300という人数は決して無理な数ではない。当然地域住民から反対の声が あがるだろうが、それは全くの別問題。「彼らを地域から追い出すかわりに税金の倍増」「失業者は見捨てる。働かざるもの食うべからず」といった根幹的な国策を決めるのは政治家の仕事である。


過疎化の進んだ地方ではどうか?日本の国民は1億2000万。5万で割れば2400。人口2400人あたり1人のホームレスを扶養すれば良い計算になる。 が前述のようにインフラ整備の進んだ大都市部が数倍の負担(大阪市西成区が300人を受け入れた場合、西成の人口14万÷300で@約500)している ので実際には地方の負担率はもっと下がる。5000人〜10000人で1人といったところか?決して負担できない費用ではない。


つまり(病気や怪我などを除く)健康体であるにもかかわらず職に就けないホームレスの  「住」 に関しては机上では簡単に解決できる計算になる。



以上の検証により、「あいりん再生への道・ステップ2」 はホームレスの一極集中を防ぎ、全国均等化を推進すればよい。 ではその実現のためにはどうすれば良いか?それにはまず、なぜ今のような一極集中が起きたのか、それを探らなければなるまい。 下の表を見て欲しい。1998年に各自治体が発表した「自治体内で確認されたホームレスの数(単位:人)」である。

(このデータは古く、不況の深刻さの増した今、職を失った労働者がホームレスに転じたと推測してWebmasterはホームレスの数を5万人と試算した。 5万という数値に根拠は無いが、妥当な数字ではなかろうか。数倍に膨れ上がっているとは到底思えないが、今回の場合最悪値を使用することにデメリットはない。実際の数が少なければ少ない程国民1人当たりの負担率は減る)

  
大阪市 8660
東京4300
名古屋758
川崎746
横浜439
神戸229
京都200
福岡174
千葉104
広島98
北九州80
那覇63
仙台53
48
その他の市   295
16247


この表からも、いかに大阪と東京に集中しているかが分かる。これはおそらくあいりん地区山谷地区の存在があるからであろう。 それら簡易宿泊施設密集地に労働者(主として土木・建設関係従事者)が集まり、日本の経済崩壊とともに職を失った彼らがそのままホームレスに転じたとすれば 説明はつく。

ではなぜ彼らは職を失ってからも同地にとどまるのか? 別の、ホームレスの少ない土地(都市)に行けば公的救済を受けやすくなるのになぜ、ホームレスになってまでも同じ場所にとどまるのか? 公共事業などが大幅にカットされ、ゼネコン関係からの求職がほとんど絶望的であるにもかかわらず、 なぜ、新天地を求めないのか? 実はそれこそがホームレスの一極集中を招く原因であり、あいりん再生への処方箋なのである。





5    あいりんに暮らす 



まず最初に、あいりん地区における日雇い労働従事者の基本的生活パターンを見てみよう。

(注意  ここに示すのは一例であり、すべての労働者が同様の暮らしを送っているわけではない。あくまでもモデル・ケースであることをお忘れなく。また、自宅が市内や通勤圏内にあれば 野宿をする必要性がないという観点から、他府県からの出稼ぎ者のみを対象とした。)



日雇い労働は基本的に早い者勝ち。条件の良い仕事から順に埋まっていく。よってあいりん総合センター(職安)の開く午前5時前にはセンター前に並んでいなければ ならない。労働者がよく大阪市や府に対して「仕事をよこせ!」というのはここから斡旋される仕事のこと。詳しい経緯は知らないが、市や府が民間に公共事業を発注した場合、 その何割かの労働力求人はセンターに回ってくるしくみになっているらしい。無論、センターを通して斡旋される労働は公共事業ばかりではなく、民間のものもある。


早朝4時45分頃に撮影。背後のシャッターのある建物があいりん総合センター。




また、この時間帯にはセンター周辺に集まる労働者を目当てに民間の手配師の車も見られる。但し手配師によるものは遠方(兵庫・和歌山方面とか大阪府下の他市)とか、日雇いではなく10日単位といったものが多く、 日当から住み込み料金(部屋代、食事代など。たいてい喰抜と表記されている)が差し引かれる場合がほとんど。例えば日当1万2000円、喰抜2000円で土工を10日間(月曜〜翌週の木曜まで)勤めた場合、手取りは1万2000円X10日−2000円X11日(仕事のなかった日曜の分を含む) で98000円となる。住み込みでなく通いであれば日当が丸々手に入る訳で、その日当を軍資金に簡易宿泊施設で一日の疲れを癒す。 納税、各種保険への加入は原則として労働者の自己責任、自己管理。


センター周辺に停められた手配師の車。一番左の写真、リア・ガラスに貼られた白い紙に日当、労働条件などが書かれている。




あいりん地区にある簡易宿泊施設。木造の古いものから、マンション・ビジネスホテル型といった新しいものまでいろいろある。



景気の良かった頃には1泊数千円というところもあったが、不況の今ではどこも値下げに踏み切っている。



おそらくこの制度はあいりんが釜ケ埼と呼ばれていた頃(1966年以前)から、いや、もっと以前から不変のものであろう。 建設現場においては、その日の作業内容によって人手の必要数が大きく変わる。まさにうってつけの制度だ。 不況などで求人の絶対数が不足した場合でも、この制度なら比較的融通がきく。仮に200人の労働者に対し、毎日の求人数が100人だったとしよう。 100人をフルタイムで雇えば残りの100人は完全失業者になってしまうが、一人あたり週3日だけ働くようにすれば200人全員に仕事を配分することが可能となる(無論、給料は半分となるが・・・・)。 民主主義社会の日本において「不況だから週3日しか働くな!」と強制はできないので一見不自然に思えるかもしれないが、「今週は3日しか仕事がなかったな・・・・」というのがこれに該当する。 これはまさにワークシェアリングと呼ばれるもので、今現在、不況対策の切り札として世界中で導入が叫ばれている制度である。

とはいえ、この制度にも限界がある。労働者100に対して50の仕事があればなんとかやっていけるのだろうが、バブル経済崩壊の尾をズルズルと10年近くも引きずり、今の段階になってその事後処理に四苦八苦している日本経済においては、 50の仕事量すら生み出せないのである。というよりはあのバブルと呼ばれた超大型景気があいりん地区の労働者数を倍増させてしまい、相対的に仕事量が減ってしまったとも考えられる。つまり建設業界における今の仕事量が適正値で、バブル期における建設ラッシュ、インフラ整備の名を借りた公共事業の闇雲な拡大の方が異常だったということだ。 労働者が20しかいなければ20の仕事でも充分にやっていける。


このあたりについての経済論はネット上に溢れているので是非、各自で研究して欲しい。Webmasterの私的な見解としては、戦後の高度経済成長期のやり方をそのまま現代に持ち込み、産業構造改革を行わなかった政治家に責任の一端があると考えている。 資本整備の名のもとに強引かつ非効率的な、しかしながら受注側にとっては 恐ろしく高い利益率をもたらす公共工事 という名の怪物も犯人の一人である。






バブル経済を知らない世代のためのミニ講座


俗に言うバブル経済とは、1986年暮れから91年始めのおよそ50ケ月にわたる超大型景気のこと。 著名な経済評論家の言葉を借りれば「バブル景気とはプラザ合意による急激な円高に対抗するための国家政策」であり、 「投融資の活性化・不動産資産価値の高騰化を図ることにより、企業は円高に耐えうる合理化をすすめることが出来る」 ということ。

が、実際には合理化のみならず計画性のない事業拡大を行ってしまったために各企業はバブル崩壊後の今、銀行への借金返済に苦しんでいる。 「なぜ、そんな計画性のない事業展開を????」と思うかも知れないが、当時は計画性など無くても良かったのである。  信じられない話だが、 似たような商品が店先に並んでいた場合、消費者は迷わず高い方を手にした。高くなければモノが売れない・・・・そんな時代だったのである。

インフレのみならず事業拡大による人手不足もあいまって、日本全体で人件費が高騰した。あいりん地区の労働者日当もしかり。Webmasterはその頃日本にいなかった ので詳しくは知らないが、 聞いた話によれば当時の日当は土工で1万5千円、探せば2万円と言うモノもあったらしい。東京では大工・日当5万円 の求人広告を出しても人手が集まらない・・・・・という新聞記事をどこかで読んだ記憶もある。

当時の経済が土地転がし・地上げによってバブル(泡)のように急激に膨らんでいったことを考えれば納得出来なくはない。 更地にビルを建てる・・・・・それがバブルの入り口であれば、日当を吊り上げてでも労働者をかき集めないと話にならない。 地上げでは借金して買った土地にビルを建て、そのビルを売却した段階で初めて利益が生じる。土地購入からビル売却までの期間が長ければ長いほど、借金の利息がかさむ。 建設従事者に倍の賃金を倍払っても、それで完成までの期間が短縮されればかえって得ということなのだろう。

こうした理由から、あいりんにも大勢の人が集まってきたことは容易に想像できる。高賃金に魅せられて、建設業界以外からの新参者もいたに違いない。 当時の求人広告が手に入れば一番いいのだが、あいにくこの手の求人広告は主としてスポーツ新聞にしか載らないので今となっては入手不可能。朝日新聞のデータベースで 時給に関する見出しを探してみると、次のようなものがあった。決定的ではないが、賃金の動きの参考にはなる。

1990年3月6日  「ガソリンスタンド 時給1000円時代」でアルバイト確保。人手不足でさらに高騰?
1991年5月18日 学生の人気バイト 時給1200円時代へ突入
1993年3月5日 アルバイトの時給 伸び悩み
1993年7月25日 学生アルバイトの時給 平均1028円
1994年3月5日 アルバイトの時給ダウン  91年の水準を下回る





話をあいりんの現状に戻そう。 いくら宿泊施設の料金が下がったとはいえ、すべては仕事(収入源)があってのこと。2・3日ならいざ知らず、 現在のような長期にわたる不況・公共事業の大幅カットという求人数激減のあおりを食って何十日も仕事にありつけなければ、当然 宿泊代は払えなくなる。生きていくための衣・食・住の優先順位からすれば宿を引き払うのが妥当な選択であろう。 その先に待っているものは、みなさまのご想像通り・・・・・


長居公園の現状(東住吉区)


ある公園内のテント村(西成区)


ある公園内のテント村(阿倍野区)


あるテント集落(浪速区)


その他(大阪市内編)

野宿者のプライバシー保護・トラブル防止の観点から、公園名については非公開とさせていただきます。ただし長居公園だけはすでに大手マスメディアで 報道されているので、実名での紹介です。   
  





こんな状況下で、彼らはどのようにして生活の糧を得ているのか。  3 あいりん再生への道 〜ステップ1〜 で扱った犯罪行為を除けば、 アルミ缶の回収やダンボールの回収作業といったところだろうか。商店街やコンビニへ行けば、空になったダンボールがいくらでも手に入る。 店側としても無償で空き箱の整理・処理をしてくれる彼らの存在は貴重であろう。




あるコニビニの店先。商品納入後のダンボール箱(写真左)も、
数時間後にはビニール・小箱などのゴミを残してこの通り(写真右)。




アルミ缶の入ったビニール袋を山積みにした自転車・リヤカーも良く見かける。基本的な回収先は路上に落ちている空き缶だ。自動販売機脇に設置されたカン専用のゴミ箱も格好のターゲット。 資源ゴミ回収の日には、一般家庭から出されたペットボトル・空き缶の中からアルミ缶だけを選んで持ち帰る姿も。それらの品々は、専門の業者によって引き取られていく。都合のいいことに、あいりん地区にはアルミ缶やダンボールを買い取ってくれる回収業者がある。


   







← 空っぽになった右のゴミ箱。左にはゴミとスチール缶の山だけが残る。







テント村に行けば必ずといっていいほど、このように荷台を改造した自転車、リヤカー、台車が置いてある。 これらを使って空き缶、ダンボールなどを回収する。






アルミ缶回収業者の施設。フォークリフトで運ばれているのが押しつぶされたアルミ缶の塊。




別の業者。店の前で順番を待つ人々。ここではアルミ缶にダンボール、古新聞と手広く買い取っている。


彼らがアルミ缶やダンボールの回収に走るのは夜間や早朝である。一般市民が眠っている間に、彼らは彼らなりに働いている。そして昼間は自分のテントや近所の公園で横になり、酒をのんだりして体を休めている。 よって彼らの昼間の姿しか知らない人は、「ろくに仕事もしないで酒ばっかり飲んでいる怠け者」といった烙印を押してしまう。


ちなみにアルミ缶の買取価格は1キロあたり80円、ダンボールは1キロあたり2〜3円が今の相場らしい。 アルミ缶なら1000個で800円、ダンボールなら大型リヤカーに満載で2000円弱といったところ。しかも昨今の行政サイドのリサイクル熱から、その相場は下落する一方とのことである。 これではどんなに頑張っても1日1000〜2000円程度にしかならない。いくら不況とはいえ、求人雑誌を開けば時給700円程度 のアルバイトならば数多くある。時給700円だとしても1日4時間、週に3日も働けば同程度の収入を得られるはずなのに、彼らはなぜそうしないのか? それこそが彼らをあいりん地区に引き留める理由であり、ホームレスの一極集中を招く原因でもあるのだ。




10月15日追加>>>>>>


実際にダンボールを回収している人に尋ねたところ、2000年10月15日の時点での1キロあたりの相場は

アルミ40円
ダンボール2円
新聞紙1円
  
とのこと。下の写真程度の積み具合では数百円にしかなりません。
 





つづく






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