

はっきりと言おう。歩道や公園にテントやダンボールハウスを設置することは違法である。その事実は誰にも曲げられない。日本が法治国家である以上、
何人たりとて法は厳守しなければならない。それが基本である。
その基本を踏まえた上で、大阪市の
野宿生活者対策推進本部が2000年11月20日に出したコメントを見てみよう。
「(長居公園の)野宿者には(建設中の仮設プレハブに)入居してもらえるよう粘り強く説得を続け、強制的な排除はしない」
この言葉が本当だとしたら、大阪市は「法よりも人権を優先する」という判断を下したと解釈できる。「ごく一部の人間による公園の不法占拠を認めるつもりか?」といったもっともな意見もあり、
それを打ち負かすだけの回答をWebmasterは持ち合わせていないが、それでも個人的には大阪市の判断を評価したい・・・・・・・・
のだが、その言葉を撤回せざるを得ない場面に出くわしてしまった。すべての始まりは2ケ月以上も前の事である。
2000年9月初旬
舞台は以前紹介した、西成区の北側、浪速区のとある線路脇にあるテント集落。
私用で通りがかかった際、幾十と並ぶテントやダンボールハウスのすべてに、左写真のような張り紙が貼られていることに気付いた。
その内容は以下の通り。
「環境美化対策として平成12年9月28日に清掃作業並びに薬剤散布作業を実施します。なお、不必要な物品等は、撤去・処分します。平成12年9月21日。
浪速区役所・環境保健センター、環境事業局・建設省、〇X鉄道・〇△鉄道(すぐ隣を走る列車の会社名)、大阪府浪速警察署」
そして清掃作業及び薬剤散布作業の当日。午前8時頃に駆けつけてみると、テントの主たちは自主的に自らのテント・小屋を解体していた。
生活道具一式・テント(ブルーシート)等が、いろいろな方法で運び出されていく。
小さな台車にバランスよく乗せられた荷物の山。一番上にあるのは床材となっていたダンボール。
このように自転車の荷台に器用に積む人もいる。
テントや小屋での路上生活といっても、結構いろいろなものがある。イスが2脚、石油ファンヒーターなどなど・・・・・電源はどうしているのだろう?
リヤカーがあれば便利。このように一気にすべての荷物が運べる。
どうやらこのテント小屋の主はフォークリフト用の木製パレットを床材にしていたらしい。
リヤカーを自転車に連結させれば移動も簡単。

少し離れたところにある高速道路の橋脚の陰・・・
テントを設営していた歩道の反対側・・・・つまり同じ歩道の、西側から東側へのわずか数メートルの「引越し」である。
歩道の狭いところではわずか2メートル程度の「引越し」となり、移動したことを主張するためかブルーシートを被せる人もいる。

テント設営のための大切な資材であるパレット、ブルーシート、カーペットも、運びきれなければすべてはゴミとなる。
清掃作業並びに薬剤散布作業から約1週間後。再び現場を訪れてみると、作業前と同様のテント集落が出来上がっていた。記録をとっていたわけではないので正確ではないが、 見覚えのある特徴的な小屋・テントが同じ場所に設置されていた。 10月15日の時点でのテント数は61。


11月中頃に再度足を運んで見ると、日付は違うが内容のまったく同じ「お知らせ」がすべてのテントに張られていた。撤去・処分の決行日は11月24日。 前回の決行日は9月28日。浪速区ではおよそ2ケ月のサイクルで清掃作業並びに薬剤散布作業が行われるらしい。それともここだけだろうか?
再び、決行日当日。朝8時に現場へと向かう。説明は省略。
移動後の歩道にはテントの跡がクッキリと残っている。清掃作業とはこの跡を消すことなのだろうか?
今回は「歩道反対側への数メートルだけの移動」といった手法はほとんど見られなかった。
中には小屋そのものに車輪をつけ、丸ごと移動するという人もいる。生活の知恵。
そして午前9時頃にはほとんどすべてのテントが歩道から姿を消した。
手付かずのまま歩道に残されたテントがあったが、近づいてみると「病気中」の文字が確認できる。どうやら清掃担当者は血も涙もない冷血漢ではないらしい。
作業の翌日、早朝7時に現場に行ってみると既にテント集落は復活していた。
こちらは現在組み立て(?)中。このあと、雨・風よけのブルーシートが全体に掛けられた。




いかがであろう。
この分でいくと、
テント設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動
⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動 ⇒ 清掃 ⇒ テント再設営 ⇒ 移動
・・・・・・・・テントがなくなるまで延々と続くような気がする。
これをイタチごっこと呼ぶか、絶え間なき環境整備と呼ぶかはあなた次第。ただひとつ言えることは、作業が行われるたびに彼らは一日がかりで
テントや小屋の解体、移動、再設営をしなければならず、運べなかったテントや小屋の一部、生活必需品の一部が大量のゴミとして排出されるということである。
とはいえ失った必需品は再び調達するであろうから、結果的には何の変わりもない。周辺の住宅街で粗大ゴミとして出されたモノが彼らの手によってこの場所に運ばれ、
そして2ケ月毎に市が回収しているだけのことである。
イタチごっこに嫌気をさしてこの場を離れる人もいるだろうが、別の場所に移動するだけなので根本的解決にはならない。周辺住民や浪速区は喜ぶかもしれないが、
大阪市は浪速区の野宿生活者を他の区へ追い出すためだけに税金を注ぎ込んでいることになる。これを無駄といわずしてなんと言おう。
財政は大赤字で「予算がないからアレもできない、コレもできない」と嘆いてきたのは大阪市自身ではなかったのか?
それにこの環境美化には裏がある。
左の写真をご覧いただきたい。これは今回舞台となったテント集落で、
今年の夏に撮影したものである。その時は今回のような「環境美化のお知らせ」ではなく、撤去勧告であった。
彼らの1人に聞いたところこの撤去は実際に行われたらしく、今回同様、解体・移動・再設営という形で乗り切ったとのこと。
なんでもこの場所ではほぼ定期的に撤去勧告が貼られ、彼らも慣れっこになっているらしい。
ところが、である。この夏、大きな変化が起きた。勧告書の替わりに今回のような「環境美化のお知らせ」
が貼られるようになったのである。1枚目の「環境美化のお知らせ」が貼られたのは8月の終わり。長居公園問題が表面化して周辺住民が騒ぎ始めたのは、8月の始めである。
この2つに関連があるという根拠や証拠はどこにもないが・・・・・・・・考えてみて欲しい。2ケ月ごとの清掃及び薬剤の散布が本当に必要であろうか?
少なくともうちの近所では、薬剤散布などということは行われたことはない。道路脇などで消毒薬を散布している姿を見たことはあるが、それでも数年に1度といったところであろう。
2ケ月毎の薬剤散布、しかも散布するのはテントや小屋のある歩道の部分だけ・・・・・・・・どう考えても不自然である。別の目的があるとしか考えられない。「撤去勧告だと長居公園問題の絡みから問題があるが、環境美化なら問題にならないだろう」と安易に生み出した手法だと勘ぐられても仕方がないのではなかろうか?
いいだろう。100歩譲って本当に環境美化目的で行っているとしよう。ならば大阪市はどうしてこの場所だけ何度も何度も税金を使って清掃するのか?
どうして浪速区のこの場所だけ、何度も何度も繰り返し「美化」するのか?周辺住民から要請があるからなのか?この場所が繁華街(ミナミ)や公共施設(府立中央図書館)に近いからか?
市内すべてのテント集落を見て回っているわけではないので「浪速区だけ」と限定するには無理があるが、ミナミや梅田といった繁華街近辺にも一切手付かずのテント集落をいくつか知っている。
少なくとも西成区にあるいくつかのテント集落ではこの1年、「撤去」「環境美化」といった作業は行われていない(撤去勧告の張り紙はよく見かけるが、期限を過ぎても担当者がチェックしに来たり実際に撤去されたことはない)。
他の地区のテント集落に比べ、浪速区の集落が環境的に著しく劣悪、周辺住民の脅威になっているという訳でもない。歩道の広さの割に、通行人は決して多くない。この違いはいったい何なんだろう。こういった差別を生み出す判断基準は、いったいどこにあるのだろう?
上記写真からもわかるように、物理的に通行人が通れないというわけでもない。
対して他の場所はどうか?下の5枚の写真を見て欲しい。これは西成区のすぐ西隣にある天王寺区内の一角を写したものである。


地理的条件は浪速区のテント集落とよく似ている。道路の反対側には鉄道も走っているし、駅まで100メートルほどしか離れていない。しかもその駅は天王寺駅という
JR、私鉄、地下鉄などが乗り入れる大型の駅である。市内南部の交通拠点とも言える。テント集落から200メートルと離れずして有名ホテルもあれば百貨店もいくつかある。集落すぐ上(丘の上)には公共施設(動植物園)もある。この道路が幹線から1本外れているとはいえ、人の往来も決して少なくはない。歩道も浪速区のものより断然狭い。
その狭い歩道を、半分以上占拠している。
にもかかわらずここのテント・小屋に撤去勧告や環境美化のお知らせが貼られたことは、Webmasterの知る限りでは、ない。
不思議だ。いったい市の担当者は何をもって 撤去(環境美化)/黙認 を決めているのだろう?どのような違法占拠物に撤去勧告や環境美化といった張り紙をし、その中でどのようなものを
実際に撤去し、どのようなものをそのまま放置しているのか?
勘違いしないで欲しい。「すべてのテント・野宿者を平等に扱え」、「テントを撤去するなら1つの漏れもなく、それが出来ないのなら一切するな」と無理難題を言っているのではない。
撤去と黙認のボーダーライン・・・・・誰にでもわかる明快な判断基準・・・・・を示せといっているのだ。
(例えば周辺住民に騒音とか異臭とかいった迷惑を及ぼし数度の警告にもかかわらず一切従わなかった場合、明らかに人や車の通行の妨げになっているテント・小屋、放置しておくと他人に危険を及ぼすテントや小屋、など)
そうでなければ野宿者本人も困惑するだろうし、それ以上に周辺住民は戦々恐々として安息の日々を送れない。
ある場所では「邪魔なテントがある?わかりました。即座に撤去の手続きに入ります」、別の場所では「邪魔なテントがある?撤去して欲しい?でもねぇ、あなた、彼らにだって人権があるので市が勝手に撤去する訳にはいかなんですよ」
といった担当者の気分次第は、どう考えても納得いかない。
ちなみに個人的には
1.大阪オリンピック誘致に影響があるかどうか
2.区による差別
といった理由(判断基準)が存在すると考えるのだが、1については大阪市は完全否定しているし、2についても大阪市は人権宣言を出して、「住んでいる区や地域による差別の完全撤廃」
を目指している。
1998年12月28日に西成区花園北で野宿生活者35人のテント・小屋を強制撤去した際の理由は、当時の新聞記事(写真左・読売新聞)によれば以下の通り。
「強制撤去された場所は市立中学校南側市道の歩道で、同校の通学路になっている。昼間から酒を飲んで騒ぎ、窓をあけて授業ができないときがある。
路上が不衛生で、生徒にタバコやポルノを売ろうとするケースがある。市は繰り返し野宿者側に退去を勧告、12月18日には自首撤去を求める戒告書を交付、それでも
50数基が残ったので25日に強制撤去を通知、28日の午前に行政代執行法に基づき強制撤去した」
この前例を基準とすれば、浪速区で行われている再々の撤去(環境美化)作業は不自然といえる。
以前、「お知らせ」という名の強制排除・・・・で紹介したテント集落。
そこで再び「お知らせ」の恐怖が始まった。
しかもご丁寧に2月の1日と15日の2回も「お知らせ」をすべてのテントに貼り回っている。恐らく「通達漏れ」が無いようにチェックしているのだろう。
今回の排除実施予定日(正確には清掃作業日)は2月21日。過去の履歴をふり返ると、
| 実施されたかどうか | ||
| 2000年7月26日 | 撤去勧告 | 完全実施 |
| 2000年9月28日 | お知らせ(清掃作業) | 完全実施 |
| 2000年11月24日 | お知らせ(清掃作業) | 完全実施 |
| 2001年2月22日 | お知らせ(清掃作業) | 完全実施 |
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